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今はまるで反対だ。世は名門を謳歌おうかする、世は富豪を謳歌する、世は博士、学士までをも謳歌する。しかし公正な人格に逢うて、位地を無にし、金銭を無にし、もしくはその学力、才芸を無にして、人格そのものを尊敬する事を解しておらん。人間の根本義たる人格に批判の標準を置かずして、その上皮うわかわたる附属物をもってすべてを律しようとする。この附属物と、公正なる人格と戦うとき世間は必ず、この附属物に雷同らいどうして他の人格を蹂躙じゅうりんせんと試みる。天下一人いちにんの公正なる人格を失うとき、天下一段の光明を失う。公正なる人格は百の華族、百の紳商しんしょう、百の博士をもってするも償つぐないがたきほど貴たっときものである。われはこの人格を維持せんがために生れたるのほか、人世において何らの意義をも認め得ぬ。寒かんに衣いし、餓うえに食しょくするはこの人格を維持するの一便法に過ぎぬ。筆を呵かし硯すずりを磨まするのもまたこの人格を他の面上に貫徹するの方策に過ぎぬ。――これが今の道也の信念である。この信念を抱いだいて世に処する道也は細君の御機嫌ごきげんばかり取ってはおれぬ。
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